
福音とは「喜びのおとずれ」「良い知らせ」という意味です。新約聖書の原語ギリシア語では「ユーアンゲリオン」と言い、もともとは戦争で勝利したという知らせのことを意味していました。もし戦争に負けたなら、敵に侵略され、命と財産を奪われてしまうのですから、その福音は勝利者にどれほど大きな喜びと平安をもたらしたことでしょう。
では聖書の語る福音とは何でしょうか?
それはイエス・キリストの十字架の死と復活です。
「なんだ、キリスト教のお話か。うちは仏教だから関係ないね。」と思われるかもしれません。しかしこの福音こそ、人種・宗教・社会的地位とは一切関係なく、すべての人に必要な喜びの知らせなのです。
●福音が必要な三つの理由
なぜキリストの十字架の死と復活が、すべての人に必要なのでしょうか?
①すべての人が罪を犯し、神様の怒りによってさばかれるから
天地万物をお造りになった本当の神様がおられます。神様は人間を特別に愛され、ご自分の人格と霊をお与えになりました。それは人間が、神様との愛の交わりを喜び、神様を信頼し恐れ敬い、御心に従って生きるためです。
しかし人間は、神様をあがめず、感謝もしないで、自分の欲望に従って生きています。その欲望の実現のために偶像を作り拝んでいます。
それは、子供が自分の親を親と認めず、自分の欲しいおもちゃを買ってくれる他人を親とみなすことと同じほど愚かで、神様をバカにする行為です。
神様の主権とご支配を無視するこのような生き方は、間違いであり罪です。正義の神様は罪を激しく憎み怒っておられます。
人々のあらゆる不敬虔と不義に対して、神の怒りが天から啓示されている
(新約聖書ローマ人への手紙1章18節)
人間には一度死ぬことと、死後にさばきを受けることが定まっている
(新約聖書ヘブル人への手紙9章27節)
神様の怒りは、すべての罪人に必ず下ります。それは死後の地獄で、永遠に焼き続けられる刑罰です。なんと恐ろしく絶望的でしょう。
この地獄からの救いを必要としない人はひとりもいません。
②イエス・キリストだけが、すべての人の救い主だから
神様は、すべての人が救われることを望んでおられます。
ですからご自分の御子を人間とならせて、処女マリアを通してこの世界にお遣わしになりました。この方こそ、イエス・キリスト様です。
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、
私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。
ここに愛があるのです。 (新約聖書ヨハネの手紙第一4章10節)
私たちの罪が赦され、地獄から救われるためには、その前提として神様の怒りが宥められていなければなりません。そのためには、非常に高価な代価が支払われなければなりませんでした。それこそまったく罪のないイエス・キリストの命です。
ですからイエス様は、私たちの罪のために私たちの身代わりとなって十字架にかかり、宥めのささげ物として死んでくださったのです。
③福音は復活によって証明された確かな知らせだから
どんなに喜ばしい知らせでも、架空の情報なら全く信じる値打ちがありません。確かに、死んだ人間が復活するとは、にわかに信じがたい話です。
しかしキリストの遺体が収められた墓は今も空のままです。そうでなければ復活のうわさすら立ちません。ではなぜ墓が空なのでしょう。誰かがキリストの遺体を盗む可能性はあるでしょうか?
仮にキリストに敵対するユダヤ当局やローマ当局が盗んだとしましょう。キリストの弟子たちは、キリストが復活されたと勘違いして伝道し始めます。そこで当局がその伝道活動を決定的に止めさせるためには、盗んでおいた遺体を公表すればよいのです。しかし当局はただクリスチャンを迫害するだけでした。それは当局がそもそも遺体を盗んでおらず手元になかった証拠です。
また仮に弟子たちが遺体を盗んで、「キリストは復活された救い主だ」と嘘をつきながら伝道したとしましょう。その結果弟子たちは投獄され拷問を受け虐殺されました。普通、嘘をつくのは自分の保身や利益を得るためです。正常な精神の持ち主は、嘘だと分かっていることのために、嘘をつき通して殺されることなど耐えられません。ですから弟子たちが遺体を盗んだのでもありません。結論はイエス様ご自身が死の力を打ち破って復活されたのです。
キリストの十字架の死と復活は単なるお話ではなく、歴史的事実です。ですから当時の復活の目撃証人たちから始まり現在に至るまで、この福音は世界中で宣べ伝えられてきたのです。
●福音を信じた者の幸い
誰でも、神様に敵対する間違った態度をやめて、イエス様を「私の神様、救い主」と心に信じ受け入れるなら、罪を赦していただき、地獄から救われ天国に入ることができます。
御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つ
(新約聖書ヨハネの福音書3章16節)
私たちは信仰によって義と認められたので、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。 (新約聖書ローマローマ人への手紙5章1節)
イエス様を信じたすべての者には、神様との平和と救いの喜びと天国への希望があるので、たとえ死の病床の中でも死を恐れることなく、神様に感謝をささげ賛美することができます。実際彼らの多くは、なぜ自分がクリスチャンになったかを見舞客に力強く証し伝道しているのです。
死よ、おまえの勝利はどこにあるのか(新約聖書コリント人への手紙第一15章55節)
しかし、神に感謝します。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。
(新約聖書コリント人への手紙第一15章57節)
イエス・キリストの十字架の死と復活-これこそ信じるすべての人に真の勝利と喜びをもたらす福音なのです。
どうかあなたも、一日も早くイエス・キリストを心から信頼して救われますように。
